富士山は高天原だった?(2) 富士王朝と徐福の謎

日本の都市伝説

都市伝説 調査レポート46

――もしも、日本のはじまりが「富士山」だったとしたら?
もしも、神々の都・高天原が実在の地名として地図に描かれていたとしたら?
そして、その秘密を記録したのが、あの“不老不死を求めた男・徐福”だったとしたら……。

今回の都市伝説調査隊は、正史の外側に存在する“もうひとつの日本神話”、
前回に続き「宮下文書」に描かれた富士王朝と徐福の謎に迫ります。

富士山に眠る超古代国家「富士高天原王朝」

宮下文書が提示する世界観は、古事記・日本書紀を知っているほど衝撃的です。
なぜならそこでは、神武天皇以前どころか、神話のさらに奥に「王朝」が存在していたと語られるからです。

その名も――
富士高天原王朝(ふじたかまがはらおうちょう)

この王朝は、富士山麓を中心に栄え、
日本列島だけでなく世界をも統べた超古代文明として描かれます。

特筆すべきは、

  • 首都名「家基都(いえもとつ)」
  • 富士山周辺を高天原とする詳細な地名
  • 神々と王が住んだ場所を示す地図的記述

つまり宮下文書では、
**高天原は抽象的な神界ではなく、“富士山麓という現実の場所”**なのです。
話が少し脱線しますが、現在、富士の麓にトヨタが作った日本初のスマートシティが
できた事も気になりますよね。

徐福は「不老不死の探求者」では終わらなかった

ここで登場するのが、中国史のミステリアスな人物――徐福

秦の始皇帝の命を受け、
不老不死の霊薬を求めて東へ旅立った徐福。
正史では「そのまま行方不明」とされていますが、
宮下文書は、まったく別の結末を語ります。

徐福が辿り着いたのは、
東海の神山――富士山

そこで彼は、富士王朝の神官たちと出会い、
古代から富士に伝わる“真の歴史”を教えられたというのです。

書ける者は三十六家だけだった

宮下文書によれば、
富士王朝では文字を扱えるのは「三十六家の神官」のみ

彼らは特殊な文字、
いわゆる神代文字を用いて、
日々の出来事や王朝の歴史を記録していました。

徐福はその膨大な記録に感銘を受け、
一族総出で編纂を開始。
そうして完成したのが――
富士文献=宮下文書だとされます。

ここが最大のポイントです。

宮下文書の著者は、日本の神々ではなく、
富士王朝の内部資料を編集した“外部の知識人・徐福”

古事記・日本書紀にはない、
「外国人編集者による公式記録」という構図が、
宮下文書を唯一無二の存在にしています。

正史との決定的な違い①

高天原の場所

  • 古事記・日本書紀
     → 高天原は抽象的な神界
  • 宮下文書
     → 高天原=富士山麓

しかも地名つき。
これはもはや神話というより、古代地誌です。

決定的な違い②

神々と王の系譜

宮下文書では、
開闢からイザナギまでに
**「七代+十五代+七代」**という、
正史とはまったく異なる王統が並びます。

神々は観念的存在ではなく、
**富士山周辺を拠点に活動した“歴史的存在”**として描かれ、
神話と地理が密接に絡み合っています。

決定的な違い③

世界観のスケール

古事記・日本書紀が
「日本列島中心の神話」なのに対し、
宮下文書はこう語ります。

  • 富士山から神が天下る
  • 大陸へ渡り、世界を治める
  • 日本は“世界文明の起点”である

まさに世界帝国的・超古代史観
日中を結ぶ交差点としての富士山が、強烈に浮かび上がります。

宮下文書はどう読むと面白いのか?

■ 歴史的に読むなら

学術的には偽書とされますが、
「なぜ日本の象徴・富士山が正史にほとんど出てこないのか?」
という違和感への、**近代日本の一つの“回答”**として読むと、
富士信仰・国体観・東アジア観の変遷が見えてきます。

■ オカルト的に読むなら

  • 高天原=富士山
  • 徐福=記録者
  • 神代文字=失われた知識

この三点を軸に、
竹内文書など他の古史古伝と並べて読むことで、
“もう一つの日本神話宇宙”が立体的に浮かび上がります。

富士山は、ただの山ではない?

宮下文書が真実かどうかは、正直わかりません。
しかし確かなのは、
富士山が「語られなかった理由」そのものが、最大の謎だということ。

もしかすると――
私たちが知る日本史は、
富士山の影に隠された「本編」を失っているのかもしれません。

あなたは、
正史の日本
富士から始まるもう一つの日本
どちらの物語を信じますか?

次回の都市伝説調査も、お楽しみに……。

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