富士山は高天原だった?宮下文書が語る“富士王朝”と封印された日本古代史

日本の都市伝説

都市伝説 調査レポート45

🗻 富士山の裏に隠された“もう一つの日本神話”

――禁断の古文献「宮下文書」の正体――

もしあなたが知っている日本神話が、
ほんの一部しか語られていない物語だとしたら……?

古事記にも、日本書紀にもほとんど登場しない
日本人の精神的象徴――富士山
その富士の麓に、
「神々の都が存在していた」と記す禁断の文書がある。

その名も――宮下文書(みやしたもんじょ)

📖 宮下文書とは何か?

宮下文書は、山梨県富士吉田市。
北口本宮小室浅間神社(旧・阿曽谷宮守神社)の
宮司家・宮下家に伝わった膨大な古文書群です。

1883年(明治16年)頃、その存在が世に知られ、
以後「富士古文献」と総称される資料群として語られてきました。

しかし――
現在の学界での評価は、ほぼ一貫しています。

「偽書(古史古伝)」

それでもなお、
この文書が都市伝説界で語り継がれる理由があるのです。

🌠 富士山は“高天原”だった?

宮下文書の核心。
それは、日本神話の舞台を根底から覆す主張にあります。

なんと――
富士山北麓こそが「高天原」だったというのです。

文書によれば、
神武天皇以前の超古代、
富士山を中心に「富士高天原王朝(富士王朝)」が存在し、
そこから神々が全国へ広がっていったとされています。

これは、
大和・出雲を中心に描かれる
『古事記』『日本書紀』の世界観とは完全に別系統

まさに
“もう一つの日本創世神話”

■ 徐福が編纂したという衝撃の伝承

さらに物語は加速します。

宮下文書では、
不老不死の霊薬を求めて秦から渡来した
**徐福(じょふく)**が登場。

彼は富士王朝の神官たちの記録を基に、
数世代にわたって文書を編纂した――
そう伝えられているのです。

徐福 × 富士山 × 不老不死。
この時点で、
都市伝説ファンの鼓動は止まりません。

📚 竹内文書との“禁断の接続”

一部の研究者や愛好家たちは、
宮下文書を単独の伝承ではなく、

  • 竹内文書
  • 神皇紀
  • 竹内宿禰の系譜

などと連なる
巨大な古史古伝ネットワークの一部と捉えています。

もしこれらが一本の線で繋がるとしたら――
日本の歴史は、
教科書とはまったく違う姿を見せるでしょう。

もちろん、
通説的な歴史学では一切認められていません。

ですが、
「完全否定されている」からこそ、
人は想像してしまうのです。

■ なぜ“偽書”とされるのか?

宮下文書が偽書とされる理由は明確です。

  • 文体・用語に近世〜近代的要素が多い
  • 1883年以前の確実な伝来が確認できない
  • 極端に長い王統と、史料と合わない系譜
  • 富士山中心の超巨大王朝という構図

史実として受け入れるには、
あまりにも大胆すぎる内容。

しかし――
ここで一つの疑問が浮かびます。

なぜ、日本の象徴・富士山は、正史でほとんど語られないのか?

この“違和感”こそが、
宮下文書を生み出した思想的背景ではないか、
そう考える研究者もいるのです。

■ 現代における宮下文書の立ち位置

現在、宮下文書は
学術的な一次史料というよりも、

  • 古史古伝
  • オカルト
  • スピリチュアル
  • 失われた古代文明

といった文脈で語られることがほとんど。

YouTube、同人研究、一般書――
その舞台は、学会ではなく“想像力の世界”です。

一方で、
富士吉田地域史や神社史の観点から、
明治以降の「富士=聖地」観の形成過程を読み解く
近現代史料として再評価する動きもあります。

■ これは「偽書」か、それとも――

宮下文書は、
歴史を「証明」する資料ではありません。

しかし、
人々が何を信じ、何を求めたのかを映し出す
極めて興味深い“鏡”であることは確かです。

富士山の麓に眠る、
もう一つの日本神話。

それを
ただの偽書として切り捨てるか、
想像力の扉を開く鍵と見るか――

信じるか信じないかは、あなた次第です。

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