都市伝説 調査レポート39
―――白昼に撃たれた「時代の象徴」は、なぜ神話になるのか?―――
安倍元首相暗殺とケネディ暗殺
二つの事件が呼び起こした“終わらない物語”
歴史には、事実そのものよりも「語られ方」が巨大化していく事件が存在する。
2022年の安倍晋三元首相暗殺、そして1963年のジョン・F・ケネディ大統領暗殺。
時代も国も違う二つの事件は、驚くほど似た“構図”を持ちながら、今も人々の想像力を刺激し続けている。
それは単なる暗殺事件ではない。
「国家」「権力」「裏切り」「真実はどこにあるのか?」
こうしたキーワードが絡み合い、事件はやがて“現実を超えた物語”へと姿を変えていく――。
■ 白昼堂々、誰もが目撃者だった
安倍元首相は、奈良・大和西大寺駅前。
誰もが行き交う街頭演説の最中、背後から銃撃され命を落とした。
ケネディ大統領も同様だ。
テキサス州ダラス、祝賀ムードのパレード。
オープンカーに乗り、市民に手を振るその瞬間、銃声が街に響いた。
密室ではない。陰の場所でもない。
「公に開かれた場」で起きた暗殺――
それこそが、この二つの事件を“伝説化”させた最大の要因だ。
■ 公式発表は「単独犯」…しかし
両事件とも、捜査当局は単独犯行という結論にたどり着いている。
- 安倍事件:山上徹也による単独犯
- ケネディ事件:リー・ハーヴェイ・オズワルドによる単独犯
だが、ここからが本番だ。
「それで本当に説明は尽くされているのか?」
この疑問が、無数の“もう一つの物語”を生み出していく。
■ 陰謀論が生まれる“お決まりのパターン”
① 第二の狙撃手は存在した?
- JFK事件では有名な「グラシー・ノール(芝生の丘)」説
- 安倍事件では「別方向からの銃声」「映像ごとの差異」
② 内部犯行・警護の不自然さ
- なぜ守れなかったのか
- なぜ“そこ”だったのか
説明しきれない“隙”が、想像を呼び込む。
③ 国家機関・情報機関の影
CIA、FBI、軍産複合体、ディープステート――
名前が挙がるたびに、物語はより深く、より暗くなっていく。
④ 宗教・秘密結社という黒幕
旧統一教会、フリーメイソン、マフィア、反体制勢力……
「顔の見えない組織」は、陰謀論にとって最高の素材だ。
■ 決定的な違いも存在する
もちろん、両事件は同一ではない。
- 安倍事件では犯人が生存し、裁判という「検証の場」が続いている
- ケネディ事件では犯人が射殺され、“真実に辿り着く道”が断たれた
この違いは大きい。
ケネディ暗殺が半世紀以上にわたり陰謀論の聖地となった理由の一つでもある。
■ なぜ人は陰謀を信じてしまうのか?
答えはシンプルだ。
「完璧に納得できる説明」が存在しないから。
人は、
・権力を疑い
・偶然を拒み
・意味のない悲劇を受け入れられない
だからこそ事件は、
「歴史」から「神話」へと変貌していく。
■ そして事件は“象徴”になる
ケネディ暗殺は
「アメリカの無垢な時代の終焉」
安倍暗殺は
「戦後日本政治の一時代の終わり」
こう語られ始めた瞬間、事件はもはや単なる犯罪ではなく、
時代を区切る“儀式”のような意味を帯びるのだ。
■ 都市伝説的に深掘りするなら…
- JFKの「第二の狙撃手」神話
- 安倍事件の警護動線と映像の違和感
- 宗教・国家・権力という“見えない構造”の比較
これらを並べたとき、
二つの事件が**驚くほど似た“物語装置”**で語られていることに気づくだろう。
■ 終わらない問い
真実は、すでに語られているのか。
それとも、まだ誰も触れていない“空白”があるのか。
確かなのは一つだけ。
安倍元首相暗殺も、ケネディ暗殺と同じく、
これからも語られ続ける「現代の神話」になる。
そして私たちは、
その物語の“続きを考え続ける側”にいるのだ――。



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